現代語訳『三州奇談』 その32 「妖女奉仕」(巻之四)


現代語訳『三州奇談』 その32 「妖女奉仕」(巻之四)




堀麦水の『三州奇談』は、近世中期に成立した加越能の奇談集である。

正編と続編あわせて149話あるが、すべて一話読み切りとなっている。



今回は巻の四にある「妖女奉仕」である。







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長町の浅井多門という人は、心が清くまっすぐな人で、戦いに備えることを忘れない人だった。

或る晩、多門は友達の家で夜遅くまで話をして一人で帰ったのだが、香林坊のあたりから、若い女が先を歩いていく。このような夜更けに女一人で歩くものは、きっと遊女に違いないと思い、声をかけて手をとろうとすると、たいそう怖がって、先へ逃げて行った。



間もなく自分の家の門に着いたが、この女はそこに立っていた。あやしいと思いながら門をたたいて開けさせたところ、彼女は陰のようにすうっと門の中に入った。

多門は、さては妖怪の類かと思い用心して中に入り、寝室の雨戸を開けると、女も縁に入って来た。



そこでよし分かったと抜き打ちに切りかけたところ、手ごたえはなかったが、アッという一声を発して、女は消え失せてしまった。



怪しいことにその声が台所の方に聞こえたので、まず鍵をかけてしばらく心を静めてその声を聞いていた。台所には茶の間の女がおびえて気絶したと騒いでいるのを不思議に思い、薬でも飲まそうかと立ち寄ってみると、そこには先ほどの女がいた。


その女は気がついて、浅井氏の顔をみて、また逃げようとした。多門はそれを引きとどめてわけを聞いた。

女は「さては夢だったのだろうか。たしかに門前まで一人の侍と同道して中に入ったところ、抜き打ちにされたのを覚えているといった。


浅井氏は、そんなことをいわなければ夢だといって済ませることができたが、この女はどことなく不安なようすであり、いろいろ注意を払ってみてみたが、そのほかには何も変わったところは見つからなかった。




古い怪談にも、夢から出て歩くことはあるが、夢を見るたびに出歩くことはない。もし本当に夢から出て歩いたならば、億万の人の夢で、夜中には祭りの踊りの場に似たものになるだろう。

死者の魂が歩くのも、人のなかの不思議である。清水清玄、まなごの庄司の清姫らは、これ皆人妖である。生まれつき、そうなのだと思う。






奇怪な女は、今もいるようである。

正徳のころ、ある武士の家で妾を求めていた時、堀川越中屋久兵衛の娘は顔かたちが比類ないばかりでなく、琴や琵琶もたしなんでいたので、仲立ちをしてもらい妾としたのだが、一度会っただけで主はとても喜んで、藍田珠玉、掌中珊瑚とかわいがっていたところ、三十日ほど過ぎたころ、思いもよらないことがあった。



この妾は深夜になると、しばらくいなくなるのに気づいた。あとになって気にかかったのでようすをうかがっていると、夜が更けると、この女は主人の寝息をうかがい、そっと立って、障子をそっと開けて外に出るので、さては忍者でもあるのかと、主人はその後ろから、ようすをそっとうかがっていた。



この女は縁からひらりと飛び降り、庭にある高さ三十メートルほどもあろうかという栂の木に、たとえば鼠が壁を登塚のように軽々と駆け登り、たちまち梢に打ち跨って、四方を見回すのだった。



これを見た主人は驚いて、これはただ事ではない、まさしく妖怪である、下りて来たなら切り捨ててやると思ったが、急に思い返して床に戻って、何でもなかったように眠りについた。しばらくして女も戻ってきて、出て行った時のように主人の寝息を確かめて休んだ。



その夜が明けた時、主人は年寄女を呼んで、妾のことで少しばかり心にそぐわないところがるので、やめてもらうことにするといったので、年寄女はたいそう驚いて詫びをいい、どこがいけなかったか、至らぬところを訊ねたが、主人はただ何となく暇を遣わすのだといったので、その事情を妾に伝えた。



妾は、今となっては仕方がない、その上でもう一度主人にお目にかかりたいといって、しずしずと前に出てかしこまって、こういった。

私に暇を出されたのは、きっとこの間のありさまをご覧になったからだと思います。そうであれば、とてもこちらさまで勤めることはできません。ただし私のことを、一言もうわさにすることがありませんように。もし万一ちょっとでもそんなことがありましたら、その夜にやってきて恨みをいいますからといった。



主人は、心得た、心静かにしなさい、二度ということはないといったので、妾は快く暇をもらって、同じ家中に奉公に出た。




ところが、つぎの主人も気に入ったようすであった。前の主人は合点できず、妾は確かに人間ではないと思ったので、毎回その事を聞いたのだが、今も気に入っているようにいっていたが、それはまったく怪異のなせるせいであった。


ところがその女はうつ病にかかって、ほどなく亡くなってしまった。主人は、その時の葬儀のようすや亡骸のようすまでも詳しく問い合わされたが、ふだんと変わったところはなかったという。



伝え聞いているが、三村紀伊守は銀針のような神の妖女を殺したし、備前岡山の家中山岡権六郎は妖女と契って、これを知って刺殺したのだが、普通の女と変わりはなかった。

ただ足の指に水かきがあったと言い伝えられる。このほかにも、世間に立ち交じっている怪異の女があることは、また珍しいことではないと思う。







以上が「妖女奉仕」である。

妾の女が夜中になるとそっと起きだし、「縁からひらりと飛び降り、庭にある高さ三十メートルほどもあろうかという栂の木に、たとえば鼠のように軽々と駆け登り、たちまち梢に打ち跨って、四方を見回した」という、ゾッとする怖い話である。

なぜそんなことをするのか、理由は、ここには書かれていない。

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