5月


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51日は八十八夜でした。

今年の立春は24日、そこから数えて88日目が八十八夜です。



音立てて八十八夜の山の水  桂 信子



5月といっても、歳時記では、このあたりはまだ春の部です。



ところが普通に5月というと歳時記では夏の部に入ります。

5月のはじめに、立夏があるからです。


今年の立夏は55日で、ここから暦の上では、もう夏となるのです。







51日の日経新聞の「春秋」には二つの句が取り上げられていました。

高浜虚子とその子星野立子の句です。





まずは娘の立子について。



「カエデやケヤキの若葉にすがすがしい風が吹き渡る。風薫る5月である。「五月来ぬ心ひらけし五月来ぬ」(星野立子)。新緑の生命力に癒やされる美しい季節がめぐってきた。心ひらけし、とは陰りのない、真っすぐな言葉だ。晴れ晴れとした気持ちが伝わってくる」。



虚子の句です。



春が尽き初夏を迎えるこの時期の句がある。「春惜む命惜むに異らず」。晩年の作だ。父と娘の感性の違いが際立っていて興味深い。出会いと別れを繰り返した春を懐かしんでいると、命のはかなさを感じてしまう。そんな境地か。





同じような季節の句ですが、立子の句は夏、虚子の句は春ということになります。

新緑の生命力と春を惜しみ命を惜しむ句と、気分的には両者には大きな隔たりがありますが、季節の微妙な感じがよく出ていると思います。





歳時記で立夏の句をみると、こんな句がありました。



手つかずの空ありて夏立ちにけり  伊藤通明



手つかずの空とはなかなかうまい表現で、立夏にはぴったりだと思います。



しかし、今年の5月は手つかずで迎えたわけではありません。

大変な課題を抱えたまま夏に入ることになってしまいました。

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