現代語訳『三州奇談』 その27「長面の妖女」(巻之一)


堀麦水の『三州奇談』は、近世中期に成立した加越能の奇談集である。
今回はその27「長面の妖女」(巻之一)である。





 [訳]

片野大池は、海に近い山で、山中に池が七つあり、怪異が多くあった。夜中に数百人の声がして、池上に灯をともし、話をしているのをみた人がいる。また釣りをしている時、水が増えてくるので急いで逃げ、振り返ると、童形の銀龍が水上にあらわれたという。またこの池の中に道があり、そこから大きな顔がでてきて、追いかけると逃げ、下がると追いかけてきて、一晩中張りあった人もある。雨乞いのときは必ずこの池を祭る。水鳥が多い。

大聖寺藩家中の人々はよくここで遊ぶが、この片野で少女をみつけ連れて帰り、大河内氏の家で育てていた。十二年経ったころ、少女は伊勢参りをしたいといいだしたが、それは藩の決まりで禁止されていた。しかし少女が心から望んでおり、大河内氏がそれを許したので、少女は喜んで駕籠かきと一緒に出発した。

近江の柳ケ瀬に着くと、向こうにみえるのは余呉の湖であり、そこへ行って欲しいというので、駕籠かきはそこで籠を下した。
少女は駕籠から下りて襟をつくろい、ここに私の友がいるので会ってくるといって、美しく着飾った着物のまま、湖にざぶりと飛び込んだ。

籠の者はたいそう驚き、湖をみたが、幾尋もの深い淵だったので、消息はなにもなかった。駕籠かきは里の家で一夜を過ごし湖を探したが手掛かりはなく、国に帰った。帰って大河内氏に知らせたが、藩の決まりを破っていることでもあり、そのまま事は済んだ。この女は確実な親元はなく、容貌はよかったが、顔は長い方だったという。


話変わってー
大聖寺家中の御坊主組に津原徳斉という人がいた。この家の近くに、岡の庵という景色のよい禅寺があり、敷地は山続きで、人が集い遊ぶところであった。真夜中に徳斉は中町の家に帰ろうとしていた。その道は福田川に沿っており、少し高い松林のある耳聞山を越えると町に入る。

その時提灯の灯が消えたが、灯をつけ直すこともできず、あと少しだからと行くと、五六間ほど先に提灯の灯とおぼしきものが行く。運よく灯りがあったと思いついてゆくと、女が素足で灯を下げていた。言葉をかけようか、あるいは知っている人ではないだろうかなど思いながらついてゆく。

この灯は徳斉の家の方に行くので、ほっとしながら歩く。徳斉の家は小路を入ったところで、角は隣の屋敷である。この塀越しに榎の大木があり、最近樵を雇って伐ったが、まだ榎の根が三丈(九メートル)ほど残っていた。
この女は榎に寄り添ってこちらを向いたようだが、曲がり角なのでよくわからなかった。そこに差しかかると、提灯の灯が目より高く見えるので、どうしてかと振り向いて見ると、女の背丈は、三丈ほどの榎と同じで、木の切り口を撫でていた。
徳斉をみて振り返ったが、その顔の長さも三丈ほどもあった。胴は木に隠れて見えなかった。その恐ろしさは何ともいえず、その上笑いをふくんで振り返ったのは、思ってもみないことだった。徳斉あっと叫んで我が家に駆け込んだ。そのあと下男を起こし出てみたが、灯も女もなかった。きっとこの辺りの古狸の仕業だろうか。

ところがこの徳斉だけではなかった。御長柄組三四郎という者も、このあたりで顔が三尺ばかりの女に出逢ったという。福田村の市郎右衛門は漁業を生業としたが、この辺りで女が後ろ向きになり、灯火を吹き消すのを何度もみた。舟から岸を見上げても、はっきりしないが、下向きの顔は三尺ほどあった。いつものことなので、例の者だと思いそのままにしたが、人に危害をくわえないといっていた。

まことに狸にせよ狐にせよ、何に化けるか得意なものはあろうが、よく飽かずに長面女ばかりに化けるものだ。考えるに、大概はこの辺りの、何かの老物の精に違いない。





ここには顔の長い四人の女の妖怪が登場する。
作者麦水は長面の妖女については、付近の古狸の仕業だろうかとしており、最後に狐か狸か知らないが飽きもしないで、長面女ばかりに化けるものだとした上で、これはきっと何か老物の精に違いないとしている。
これらの長面女は人に危害をくわえず、悪さもしない。女の長い顔をみた人間が、恐怖を覚えるだけである。
『三州奇談』には、怪女や大首の女など、本格的な女の妖怪の話がいくつかある。

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