現代語訳『続三州奇談』 その26「濱鶴の怪女」(巻之四)


現代語訳『続三州奇談』 その26「濱鶴の怪女」(巻之四)




堀麦水による『三州奇談』は、近世中期に成立した加越能の奇談集である。

今回はその26、「濱鶴の怪女」(続編巻之五)の現代語訳である。








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 本郷の北村何某がいうには、若いころは狩猟や漁を好んで、よく山や海で夜を過ごしたが、怪異もなくこわいと思ったことはなかったが、ただ賑やかな祭りの帰り道に、一度だけ怪異に遭遇した。



 寛政年間ことである。北村某は田鶴浜の秋祭に行って、真夜中に一人で帰り、途中岡野の橋があった。ここに五六軒の里家があったが、ここは常に怪事の起きるところとして知られていた。その晩はたくさん酒を飲んでいたので、すっかり妖怪のことは忘れていた。千鳥足で歩いていたが、前後には誰も歩いていなかった。



 ところが、岡野の橋の半ばで前をみると、橋詰の欄干の上に、女が真っ直ぐに立っていた。女は、頭に何もかぶらず、髪を引き上げて結んでおり、どんな着物かわからなかったが、紺の木綿の前垂をつけていた。笑う口は大きく裂け、歯は黒く、目をきょろきょろさせており、顔は四角くて不気味に白い顔で、はなはだ醜くい。足は間違いなく一本足のようにみえ、前掛が短いので、足が一尺ばかりもあらわになっており、一本のようにみえる。



 北村は、話に聞いているこの橋の辺りの妖怪だと気づき、逃げても仕方ない、先手をとろうと、小脇差を確かめ、力をこめつつ一歩一歩、静かに橋の上を進もうとした。朦朧として幾度も心が虚ろになり、歩いているのが橋か雲か分からない。仙人と月へ昇る心地かと思うほどで、今思うと危ないところだった。



 そこで欄干を片手で掴み、心を落ちつけ、しっかり足を運んで、怪女に近づいて見た。妖怪は何かものをいうようだったので、聞きとろうと耳をすました時、幸いにも道の向こうの坂の上から、松明を灯した村人が二三人連れで来た。



 妖怪もこれに気をとられたのか、あるいは立ち去る潮時だったのか、どこかへふと飛ぶみえて、たちまち姿が消えてしまった。



 松明をもった人々は日ごろ見知った人たちで、今の出来事を語ると、いつもの妖怪なので、今夜はここに泊まりなさいといい、村に伴ってくれた。





 村人がいうには、去年の今頃、高畠宿の馬子・九助という者が、あそこで妖女に逢い、長い間患ったが、同じ妖怪だろう。九助は田鶴浜で荷を下ろし酒を呑み寝込んで、夜が更けてから一人馬に乗って帰る途中だった。橋の近くの家の軒の端に、妖女の姿がみえ、紺の前垂は、たしかにみえた。九助は酔っていたので人間の女と思い、かからかってやろうと、馬に横乗りして近づいた。



 すると妖女は屋根の上からふわりと飛んで来て、九助の首を押さえ、逆さまに吊るした。その怪力といい顔の猛々しさといい、巴御前や板額御前が馬上で敵の首を掻き切るようだ。



 ここで九助は、声を限りに、人殺しだ、助けてくれと叫んだが、大声が出ず、聞きつける人はなかったが、なおも声をふりしぼって叫ぶと、聞きつけた里人が走ってきた。すると妖女は、九助を草叢に投げ捨てて、どこかへ消え失せた。人々に介抱され、九助は家へ帰ることができたが、それから三十日あまり腰が立たず、寝込んでいたという。



こんなことが繰り返しあったが、おおかた青鷺か鸛などが怪異をなすのだろうと、いつも話している。あなたは運よく早く人が来て、無事で何よりと村人はいった。北村はこれだけが、自身の夜行ので、ただ一つの恐ろしくも不思議な体験だったという。



 この妖怪をみると、世にいい伝える「見越入道」とは違い、人を捕らえて引き提げる、その様子は逞しい白面の怪女である。また飛行するものかと思われ、橋を飛ぶようすは、すこし音があり軽い。さては田鶴浜の名にことよせて、蒼鶴などの類かと思ったが、どうみても口嘴にあたる長いものがない。もし飛ぶこともできるので、風狸などの類であろうか。



 また、あとで聞けば岡野の橋の下を流れる川の水源は、「白醜人(しらしゅうと)の池」という。山に隠れて奥山まで何十里と続き、底も知れな。そこに悪蛇がいて、折々怪をなす。岸辺に立って池を眺めると凄まじい風が吹き、多くのものは逃げ帰る。もっとも、雨乞いをすると必ず験がある。鉄屑を投げ込むと、間もなく暴風暴雨が起こるという。



 その池の水が村々をまわって流れ来るのだから、蛇妖かもしれない。しかし、その妖怪が身軽に飛んで隠れることを思うと、、龍蛇とも思われない。それより、池の名が怪しく響く。「白醜人」とはいったい何なのか。あの怪女こそ、「白醜人」というものではあるまいか。



 越前には「白鬼女」という川があるという。天地は広く、人間の目が届かず、名はあっても、みたことがないものも多いだろう。このあたりにも「熊木のしらむす」、「鳥の路のよろうど」、「所口のよとり」、「荒山越の風のさむろう」があり、また世によく言う「北国のくわしや(火車)・鎌鼬」なども、その形を見定められないのは怪しいものだ。









以上が、「濱鶴の怪女」(続編巻之五)の現代語訳である。

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