現代語訳『三州奇談』 その22「長面の妖女」(巻之一)


現代語訳『三州奇談』 その22「長面の妖女」(巻之一)





堀麦水による『三州奇談』は、近世中期に成立した加越能の奇談集である。

今回はその22「長面の妖女」(巻之一)の現代語訳である。









【訳】



大聖寺藩家中の大河原氏のところに、同じ藩の片野の大池の辺りからきた女が一人いた。

この片野大池は、海に近い山で、山中に池が七つあり、そこには怪異が多くあった。


ここには夜中に数百人の声がして、池の上に灯をともし話しているのをみたという人がいる。

また釣りをしに行くと、水が何となく増えてくるのでニ三間さがったが、まだ増えるので釣りを止めて急いで逃げ帰った。二丁(約二百メートル)ほど行って振り返ってみると、童形の銀の龍が水上にあらわれたのをみたともいう。


またこの池の中に道があり、そこから大きな顔がでてきて、追いかけると逃げ、さがると追いかけてくるので、一晩中張りあった人もあるという。雨乞いのときは必ずこの池で祭る。ここには水鳥が多い。






大聖寺家中の人々はよくここで遊んだ。

あるとき、このあたりで少女をみつけ連れて帰り、大河内氏の家で育てていたが、十二年経ったころ、この少女はたびたび伊勢参りをしたいというのである。

藩の決まりで、それはできない事だったが、少女が心から願っているので、こっそりと駕籠を雇い伊勢参りを許したので、少女は喜んで駕籠かきと一緒に出発した。




近江の柳ケ瀬に着くと、やがて見えてくるのは余呉の湖だが、少女があの辺りに連れて行ってほしいというので、駕籠かきの者たちがそこに行って駕籠を下した。


女は駕籠から下りて襟をつくろって、私の友達がここにいるので会ってくるといって、美しく着飾った着物のまま、湖にざぶりと飛び込んだ。


駕籠かきはたいそう驚き、湖を覗いたが幾尋もの深い淵だったので、何の消息もなかった。駕籠かきは里の家で一夜を過ごし湖をみたが、何の手掛かりもなかった。


仕方がないので、国に帰り大河内氏にこれを知らせたが、藩の決まりを破ってしたことであるので、どうしようもなく、そのまま事は済んだ。この女には確実な親元はなく、容貌はよかったが、顔は長い方だったという。





大聖寺家中の御坊主組に津原徳斉という人がいた。この家の近くに、岡の庵という景色のよい禅寺があり、敷地は山続きで、人が集まって遊ぶところであった。


ある真夜中に徳斉は中町の家に帰ろうとしていた。その道は福田川に沿っており、少し高い松林のある耳聞山を越えれば、町に入る場所であった。


その時ふと提灯の灯が消えたが、灯をつけ直すこともできない。あと少しだからとそのまま行くと、五六間ほど先に提灯の灯のおぼしきものが行く。運よく灯りがあると思ってついてゆくと、追いつけるほどの距離となった。

前を行くのは女で、はだしで灯を下げてゆく様子だった。言葉をかけようか、あるいは知っている人ではないだろうかなど思いながらついて行った。



この灯は徳斉の家の方に行くので、ほっとしながら歩いた。徳斉の家は小路を入ったところで、角は隣の屋敷である。この塀越しに榎の大木があり、最近樵を雇って伐ったが、まだ榎の根が三丈(九米)ほど残っていた。



この女は榎に寄り添ってこちらを向いたようだが、曲がり角なのでそれははっきりとはわからなかった。そこに差しかかると、提灯の灯が目より高く見えるので、どうしてだろうと振り向いて見ると、先に行った女の背丈は、三丈ほどの榎と同じで、木の切り口を撫でていた。徳斉をみて振り返ったが、その顔の長さも三丈ほどもあった。胴は木に隠れて見えなかった。


その恐ろしさは何ともいえず、その上笑いをふくんで振り返ったので、思いもよらずとんでもなくこわいものを見たものだと思った。あっと叫んでなんとか我が家に駆け込んだ。そのあと下男を起こしようすを見に出てみたが、灯も女もなかった。きっとこの辺りの古狸の仕業だろうか。




ところがこの人だけではなかった。御長柄組三四郎という者も、このあたりで顔が三尺ばかりの女に出逢ったという。福田村の市郎右衛門は漁業を生業としたが、時々この辺りで、女が後ろ向きになって灯火を何度も吹き消すのをみたという。
舟から岸を見上げても、はっきりしないが、下向きの顔は三尺ほどあった。いつものことなので、例の者だと思いそのままにしておいた。人に危害は加えないといっていた。


まことに狸にせよ狐にせよ、何に化けるか得意なものはあろうが、よく飽かずに長面女ばかりに化けるものだ。考えるに、おおかたこの辺りの、付喪神なのであろう。






  

「長面の妖女」(巻之一)には、大聖寺藩の長い顔の女の話がいくつか出てくるが、人に危害を加えないとはいえ、薄気味の悪い話である。『三州奇談』には、このほか金沢や能登の話にも長い顔の妖怪が出てくる。

長い顔の女の背景には何があるのか、私には謎である。


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