新奇談の犬たち 「家狗の霊妙」(『三州奇談』) その5 太平記の犬たち


新奇談の犬たち 「家狗の霊妙」(『三州奇談』) その5 太平記の犬たち









「家狗の霊妙」、今回は寛永の頃(一六二四~四三)、金沢城下・田町に飼われていた黒犬の話です。この黒犬は力が強く、狼が町に入りこんだときにこれと戦い、狼の数が多かったので、最後には死んでしまったという話です。

人々の恐怖のなか、黒犬は勇敢に狼と戦い、その勇敢さが語り伝えられたのです。




金沢の田町というのは、現在の天神町二丁目・暁町・桜町であり、田町新道がありました。寛文五年(一六六五)金沢城下町続き百姓地の城下への繰込みが行われた際、田井組村々の三百九十三軒が対象となっており(「改作所旧記」)、当町の町立ても、この頃になされたものと考えられています(『日本歴史地名大系』)。


奇談は寛永の頃の話としているので、もしそうなら田町の町立て以前の話になります。





そのころ、狼が人家近くに出ていたのです。

『加賀藩史料』には 狼の記事は十件あり、十七世紀中頃が初めてで、十八世紀前半に集中しているなど、藩政期には城下周辺に狼が出没していました。



『三州奇談』巻之四「伝燈の高麗狗」にも、狼と狛犬が戦った話があります。元禄期に狼がでて村人が困っていたとき、暗闇のなか寺の狛犬が二匹の白犬となって狼と噛みあって、退治したのです。



夜の間息をひそめていた村人が、朝、鎮守堂をみると狛犬の口のまわりに血がついており、この狛犬が狼を退治したのだということがわかったのです。

この狛犬は本尊と同じ木で造られたもので、霊験があらたかで、その狛犬が身代りとなり戦ったのです。あるいはこの伝承は、実際に飼い犬が狼と戦った話の記憶かも知れません。



 


さてここには、田町の黒犬はまことによく戦い、かの畑六郎右衛門の犬獅子といえども遠く及ばないという部分があります。


六郎右衛門というのは六郎左衛門時能のことで、『太平記』巻第二十二の「畑六郎左衛門の事」にある、南北朝時代の話です。



時能は新田義貞が敗北した後、越前諸城の南朝方で、ただ一人生き残った武将です。

時能が居城したのは鷹巣城(福井県高須町)ですが、最後にそこに立て籠っていたのはわずか二十七人でした。


武芸全般にすぐれていた時能の身近にいたのは、『太平記』によると、乱暴者の僧・大夫房快舜、大力の中間・悪八郎、そして犬獅子という名の不思議な犬だったのです。



この犬獅子は敵の城に入りこんで中のようすを探り、主人に知らせたのです。そして犬が案内して三人一緒に城内に入り、縦横無尽に斬りまわり、城を落したというもので、戦前には、武勇談のひとつとしてよく語られた話です。




この話では、かの犬獅子といえども田町の黒犬には及ばないといっています。

犬獅子は戦った形跡はないが、田町の黒犬はみずから戦闘したからで、ここは誰でも知っている犬獅子と比較し、褒めたたえたのです。



田町の黒犬は手紙を運んだともあり、伝令犬の性格ももっています。この点ではスパイ犬の犬獅子とそっくりです。




新「奇談の犬たち」、つぎはいよいよ最終回で、唐犬がでてきます。

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