漱石の『硝子戸の中』


漱石の『硝子戸の中』





漱石の『硝子戸の中』を読んでいます。本の書き込みをみると、だいたい1年に1回ずつ読んでいることになります。漱石の作品は、どれも何回も繰り返し読んでいます。



この時期、漱石は風邪を引いたことなどがあって、ほとんど外出しないで家の中にこもっていたというのです。







これは無論、朝日新聞に掲載されたものです。



そこに「彼らは停留所で電車を待ち合わせる間に、新聞を買って、電車に乗っている間に(読む)」という記述がありました。





そうです、私も現役時代東京や大阪で勤務した時には、駅の売店で新聞を買って、満員電車の中で、邪魔にならないよう新聞を小さく折りたたんで読んだものです。家でとっていなかった日経新聞やスポーツ紙でした。

会社に着くと、新聞のインクで手のひらが薄黒くなっていたものです。





現在はといいますとー

たまに東京に出て電車に乗っても、新聞を読んでいる人は見当たりません。文庫本を読んでいる人をマレに見かけるほかは、すべてスマホに目をやっています。



スマホで何をやっているか、見るともなしに目をやると、ゲームをしている人の割合が多いようです。



時代とともに電車の中の風景は、がらりと変わってしまいました。





変わったといえば、当時の新聞の記事には、火事や泥棒や人殺しが多く、人々はそれに興味をもっていたという記述がでてきますが、現在と同じような、そうではないような微妙な感じをうけたものです。









漱石の『硝子戸の中』に戻りますとー

そうです、このタイトルは「がらすどのなか」ではなく「がらすどのうち」と読むのが通だと、何かの本に書いてありました。



この小品は「硝子戸の中から外を見渡すと」で始まりますが、漱石はその「中」に「うち」と、ちゃんとルビを振ってあるので、やはり「うち」と読むのが正解なのでしょう。



ただし、別のところにはルビを「なか」としているところもあるのですが。

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