新 奇談の狐たち 2 狐火


新 奇談の狐たち 2 狐火






『三州奇談』の「中代の若狐」、続きです。



奇談に登場する狐はどのような姿を見せるのか。

そのなかでも人間にとって一番不思議なのは狐火ではないでしょうか。





狐火の正体は何だろう。

「中代の若狐」で、愚実な家僕は怪しい舞台のなか、提灯の灯から狐火を連想しました。

 



狐火とは、「闇夜、山野に出現する怪火」ですが、狐が火をともすという俗信は「宇治拾遺・狐家に火をつくる事」をはじめとして、古くからあったのです(『日本国語大辞典』)。

 



狐火でもっともよく知られているのは、「王子の狐火」でしょう。

大晦日の夜、江戸郊外の王子の稲荷神社の装束榎の下に狐が集まり、狐火があらわれ周りが明るくなったといわれています。

人々は狐火の明暗で翌年の豊凶を占いました。狐は農耕神として稲荷となっていったのです。

 



この狐火を人々はどのように受けとめていたのでしょう。



「もし夜行すれば、忽ち野火を見る。青く燃えるのは狐尾が火を放っているのである」(『本朝食鑑』)、「尾を撃ちて火を出だす」、「其ノ口気ヲ吐ケバ火ノ如シ」(貝原益軒『大和本草』)、「狐火は、その口火を吐くと言ヘリ」(『日本古典博物事典』)などとあります。



狐のどの部位が光るかについて、前者は尾であるとしており、後者は口だとしています。

 

また、狐が火を吹くのは、人の髑髏、馬の枯骨、土中の枯れ木を食べるからだとするものや(『本朝食鑑』)、「馬の血は狐火となり、人の血は野火、すなわち鬼火となる(『列氏』)」とするものがあり、双方に馬がからんでいるのが注目されます。







 



以上とは別に、狐火を点景としてとらえているものがあります。

『和漢三才図会』は、「蛍火は常にみるものであり、狐火もまたまれではない」とし、「大体小雨降る闇夜で人声のないとき燐火は出現する。みな青色で焔はない」と続けます。





『菅江真澄遊覧記』には、海辺の方向に飛ぶ鬼火をみて「狐火でしょう、いつも狐が火を消したり点したりする浜路の野良の塚原です」とあり、『西遊草』には「昨夜向こうの山に狐火があって山全体が明るくなり、奇妙であった」と述べており、狐火を怪異というより、田舎ののどかな夜景のひとつとしてとらえているのです。

 



さらに加賀の「大聖寺怪談録」には大聖寺の狐火がでてきます。

竹内宅右衛門が夏の夜涼みで、田の畔に腹ばいになって見ていたのですが、畑の火ではなく狐でした。

「彼の狐尾を直に立ててふりければ、其尾の先より火のごときもの出で、其辺り明らかに見えたり。其様子を考へしに、其光りにていなごをとり食ふなるべし」と、狐がイナゴを食べるためだとの見方をしているのが面白いところです。

 



狐火は各地で頻繁にみられましたが、狐は不可解で怪異をなす妖獣であるという一面が常にその底流にあります。

夜の暗さの中の狐火は、人々の想像を刺激し空想をふくらませました。



こんななか、「中代の若狐」の家僕たちは、狐火が出て化かされそうな雰囲気の中で正体を見破ったといいます。

時は十八世紀、近代へのめざめの時期なのでした。少し冷めた見方ができるようになってきたのです。



狐火には何がしかの夢があり、目にしてみたい怪異のひとつであります。





なお「中代の若狐」という、タイトルの「若狐」とは、未熟な狐という意味合いです。狐は100年も200年も生きたベテラン狐の技が最上級とされ、いろんな化け方ができたといわれています。



『三州奇談』には、間抜けな狐から稲荷として崇められる狐まで、多様な狐の姿が描かれていますが、尻尾をだしてしまった狐は、いかにも珍しいことでした。



『三州奇談』の「中代の若狐」という話から、狐の奇談を2回にわたってみてきました。

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