早わかり『三州奇談』 2020.1.24




早わかり『三州奇談』



私が読んでいる『三州奇談』について、そのあらましを紹介していきます。

少しでも興味のおありの方は、ぜひご覧ください。



三州といっても三河のことではありません。加賀・能登・越中をあわせての三州です。

この『三州奇談』は奇談ですので、文学の面から研究にとりあげられることがあります。泉鏡花は、これをもとにしていくつもの小説の題材としています。

私はこれを、単なる奇談としてではなく、歴史分野(民俗学を含む)から考察したことがあります。









『三州奇談』とは その1



ここには149話がおさめられていますが、これを個別に20話ほど読み解きました。

まず『三州奇談』とはどういうものか、全体像をみていくことにします。



『三州奇談』は加賀・能登・越中、三国の奇談をあつめたもので、多少のかたよりはありますが、各地域の話が網羅されています。

成立は宝暦から安永年間、十八世紀半ば過ぎころです。

翻刻された石川県図書館協会本は、正編九十九話、続編五十話からなり、一話読み切りの読み物です。



作者は堀麦水(一七一八-一七八三)。

麦水は金沢・竪町の蔵宿に生まれて、俳諧師・随筆家として活躍し、江戸・京坂にも流寓した地方知識人で、当時としては変化と波乱に富んだ、自由で知的な人生を送った人物といえましょう。



さて『三州奇談』は、その名のとおり奇談ですから、狐狸や天狗など妖怪が登場する不思議な話があります。各話には地域の伝承・伝説が奇談のかたちで語られ、さらにこれに史実が組み合わされていることが多くあります。



特筆してよいのは、ほとんどすべての話に地名と年号が記されていることで、これによりどこの町や村の、いつの時代の話かがわかり、これによって、伝承がどのような史実と結びついているのかを考察する際の、大きな手掛かりとなります。地名と年号が各話についているからこそ、歴史からの研究が可能になったのです。      





『三州奇談』とは その2



『三州奇談』には、もととなる種本があったとされています。

『三州奇談』校訂者の日置謙は、酒井一調の「根無草」に、住吉屋次郎右衛門が話を集めたとあるのですが、それは事実だろうが、その種本なるものは、きわめて貧弱なものであっただろうと述べている。



さらに『三州奇談』の内容は、甚だしく荒唐無稽のこととのみ思われるが、それは麦水自身のねつ造にかかわるものではない、そうした奇説恠談が、民間にあったのを採集したことに本書の価値が認められ、存在の理由があると評価しています。



各話を読みすすんでゆくうちに、この日置の評は納得できるものとなります。

つまり近世知識人として麦水がみた中世と近世の世界が、そのままそこにえがかれているのです。

そこからは近世の人々がなにをみていて、それについてどのように考えていたかを読みとることができるのです。これは、ほかの史料とはひと味違う特徴であり、加賀能登の伝承歴史文化を研究するにあたって、貴重な文献のひとつとなるのです。



この麦水の業績・才能については、『石川県史』の「国学」は、つぎのように述べてます。





「宝暦・明和を中心として堀麦水あり。奇才縦横行く所として可ならざるはなく、その本領は俳諧に在りといへども、傍ら指を著述に染めて慶長中外伝・寛永南島変・昔日北華録()、又三州奇談、越廼白波の如き郷土的雑書あり。筆路何れも暢達にして毫も苦澁の跡を見ざるもの、蓋し加賀藩に於けるこの種の作者中前後にその比を見ること能はず」。



県史の編纂者は日置謙であるが、日置は同書の「俳諧」でも、麦水と千代女との比較を交え、「世人の評価以上に手腕を有したるは樗庵麦水なり」としています。

日置は、麦水の多才・多芸を絶賛しているが、なかでも『三州奇談』で、その「奇才縦横」ぶりを十二分に発揮したということができるでしょう。                   





『三州奇談』とは その3



つぎに『三州奇談』が、これまでどのように読まれてきたかをみておきます。



まず柳田国男の目にとまっており、たとえば「熊谷弥惣左衛門の話」(『一目小僧その他』)には次のようにあります。



「話は吾々が尊敬する泉鏡花氏の御郷里から始まります。加賀国は鏡花門徒の吾々にとって、また一個のエルサレムの如き感があるが、この地方の舊いことを書いたものに、「三州奇談」といふ一書があって、すでに活版になっております。その中に金沢城外浅野山王権現境内のお稲荷さまのことが書いてあります」。



浅野神社の稲荷の由来を述べるのは、『三州奇談』の「浅野の稲荷」ですが、柳田はこの話をとりあげ、全国の熊谷稲荷の由来を展開するのです。ここからは柳田と鏡花のつながりの一端をうかがうことができます。



柳田は『三州奇談』に関心をよせ、本書からたびたび引用しています。

そのはずで、柳田国男・田山花袋校訂による『校訂近世奇談全集』(博文館一九〇九)があり、ここには『新著聞集』、『老媼茶話』、『想山著聞奇集』とともに『三州奇談』の正編・続編がおさめられています。柳田は鏡花との交流にくわえ、この校訂により『三州奇談』の魅力を知ったと思われます。



「浅野の稲荷」については、小倉学の研究があり(『加賀・能登の民俗』小倉学著作集第三巻瑞木書房二〇〇五年)、主として民俗学・歴史学の見地から考察しています。この「浅野の稲荷」は、筆者が最初に取り組んだ話でもあります。          





『三州奇談』とは その4



『三州奇談』には、文学の分野での研究がかなりみられ、それは主として泉鏡花研究者によるものです。鏡花がここから小説の題材をとりあげ、それをもとに多くの物語を創造しているからであり、鏡花研究には欠かせない書のひとつとなっています。



この分野では、小林輝冶の「鏡花と三州奇談」(「金沢大学語学文学研究」、「北陸大学紀要」)があり、「袖屏風」や「木の子説法」と奇談の関連などに言及しています。



また秋山稔の『転成する物語』(梧桐書院二〇一四)があり、「素材を換骨奪胎して多くの固有の物語を創り上げた泉鏡花の作品の成立背景を検証」するもので、『三州奇談』の本文から作品本文に転成する過程を検証して、その実態と意義を解明しているものです。



私が、なぜ『三州奇談』に取り組むことになったのか。『三州奇談』を知ったのは、金沢大学人間社会学域に科目等履修生として数年間籍をおいが、そのゼミのテキストが『三州奇談』であり、黒田智教授より歴史学から奇談を読み解く方法を学んだのです。



とくに翻刻された奇談を現代語に訳すには丁寧に読むこと、また各種のデータベースの使い方などをゼミの学生とともに学びました。

『三州奇談』を読む醍醐味は、奇談の背後にある歴史をあぶりだすことであり、その関連史料が見つかった場合は格別でした。                               





『三州奇談』とは その5



『三州奇談』を読むにはきっかけが必要ですが、石川・富山に住む人々にとっては、生活している場所のすぐ近くの話がでてくるので、そこから始めるのが自然です。



私がこれまでに読み解いたのは、金沢駅からほど近い浅野神社、卯辰山麓の玄門寺・観音院、御所の奥の伝燈寺、河北潟縁の木越・八田などで、これらは住まいする金沢が舞台で、身近な場所の話であったからです。



これらの場所は、子供のころ遠足に行き、鮒釣りにでかけた所であり、どこもなじみの深い場所なのです。

これらの話から伝わってくるのは、多少は知っている話がありますが、思いもよらない伝承と史実がついているのです。

『三州奇談』は、まず身近な話を選ぶことをお勧めする。



『三州奇談』の魅力をいくつかくわえておきます。

各話は、いずれも虚構と史実を織り込んだ物語で、麦水が仕込んだ虚実をどうとらえるか、これが読み解く際の鍵であり、面白さであります。

あくまでも架空の、奇談のなかのできごとだと理解していたことの事件の史料を、思いもかけず『加賀藩史料』で見つけたことが幾度もありました。

また多くの話を読みすすむにつれて、横のつながりが視野に入り、複眼の視点で話をながめることができるようになり、そこから隠されていた姿がみえてくることがあります。



これを読むには、歴史史料や絵画史料、地誌、昔話の分野まで、広い視野でのぞむことが必要になります。キーワードをみつけ、その史資料集め作業は多岐にわたります。

                  



『三州奇談』は、正編と続編で一四九話からなっており、これは私にとって「無尽蔵の宝庫」のように見えます。

ただしゴールに到達するには、個人の力ではあきらかに限界があります。この書の存在を知り興味を覚えたなら、『三州奇談』を独自の視点で読み解いていただけるなら幸いです。



『三州奇談』を読む醍醐味は、怪異の面白さにふれることは勿論だが、そこに入りこむことにより歴史の側面を探りだすことにもあります。

つまり怪異譚から出発して、当初は予期できなかった史実を発見することにあります。これはまた、豊かな近世史の世界へいざなってくれる、隠れた入口のひとつです。

一話読み切りですので、どこからでも入りこめます。



以上、私が知る『三州奇談』につい概略を紹介しました。

歴史学・文学のジャンルを問わず、奥の深い研究書として、『三州奇談』がさらに広く読まれるようになってほしいと願っています。



加賀・能登・越中独自の話は勿論、ここには全国各地に伝わる共通の話も混じっています。少しでも多くの方に知ってもらうことができればと、「下町の奇談狂」は考えています。






下町の奇談狂:ネット上である人が私にニックネームをつけたのです。彼は私の本とブログを読んだのですが、私のことを「下町の奇談狂」と呼んでいるのを目にしたので、さっそくそれを使っています。

下町というのは、私が4年前、金沢駅から5分のところに引っ越したからそう呼んだのでしょう。

金沢では山手・下町といういい方はしませんが、普通駅の近くに高級住宅地はありませんし、近くに飲食店多くがあるなど付近の風景からも、ここはまさしく下町です。

あらためて下町に住むようになったのだと実感し、「下町の奇談狂」として楽しんでいる次第です。                   

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