ブログ版 『三州奇談』を読む  「中代の若狐」-8


ブログ版 『三州奇談』を読む  「中代の若狐」-8

「中代の若狐」第8回、最終回である。

 麦水が「中代の若狐」を書いた時には、すでに「野狐物語」が世に出ていた。
 
これは、武州王子稲荷で、大名方に奉公する仮寝夢之進が、生国北国筋の百五十才ばかりの百々生野狐右衛門から聞いたとする加賀騒動の話である。

 ここにも北国筋生まれの老狐が登場しており、「野狐物語」が語る野狐とは大槻朝元であり、大槻は悪逆限りない人物として描かれている。

 麦水は「中代の若狐」をまとめるにあたりこれを念頭において、「野狐物語」の野狐と「中代の若狐」の野狐を対比させた。前者を卑しい身分から姑息な手段で成りあがった大槻を象徴する狐とし、後者は田舎者だが誇り高い野狐として性格づけた。

 くわえて現在の史観とは違い、伝蔵の奸臣・悪人のイメージが一方的であった時期である。

 さらに伝蔵悪人説がでてからも、数年間にわたり伝蔵が藩の地位についていたことも、それに拍車をかけた。事件後年月は経っているが、実録物、芝居などにより関心は高まるばかりあっただろう。

 このようにみてくると、「せめて此野狐程にも恥を知れ」と、麦水が締めくくりで強く非難したのは、野狐・大槻朝元であったと類推したい。

 <潔い=野狐><恥を知らぬ=伝蔵>、この二つを対比させたのである。世間では永らく噂が噂を呼ぶ騒動であり、当時の人びとには、容易にそれとわかるような仕掛けであったのだろう。

「中代」は狐の怜悧さや魔性とは程遠い話であり、読むほどに行間には化かしそこなった狐への親しさがみえてくる。

 ここでは叱責されたのは大槻伝蔵だと考えたが、また別の読み方もできるであろう。
『三州奇談』には、大槻の話がほかにもあるか、それとの比較も興味がある。また当時稗史を誰がどのように読んでいたのかについても興味がある。


 以上「中代の若狐」を8回にわたって掲載してきた。短い話であるが詳しく読んでみると、そこには単なる奇談の枠を越えた、広い世界が広がっているのである。

 ブロブ版『三州奇談』は、この「中代の若狐」を第1回とする。







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