ブログ版 『三州奇談』を読む  「中代の若狐」-7

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  加賀騒動-2


 堀麦水と同時代の金沢であった大事件といえば、あの「加賀騒動」であり、麦水の頭にはこれがあったと考えたい。

 寛延年間(一七四八~五一)加賀藩では、財政難打開に躍起となった六代藩主・吉徳が、茶坊主出身の大槻朝元(伝蔵)を起用した。騒動は延亨二年(一七四五)六代藩主前田吉徳の急死後に起こった。

 財政改革をはかるために登用された進歩派の下級武士・大槻朝元(伝蔵)と、守旧派の家老・前田直躬との対立、これに吉徳の側室真如院がからんだ抗争が続き、伝蔵は配所で自殺、真如院は暗殺された。
 不明な点が多い事件であるが、伝蔵の関係者はすべて処刑された。

「加賀騒動」は、浄瑠璃、小説、講談などに脚色され、巷では格好の話題となった。これを年代順にまとめた。


寛保元年(一七四一) 朝元、吉徳のもと倹約令の実行を一任される
延享二年(一七四五) 吉徳没。前田直躬、朝元を失脚させる。翌年、朝元は
           蟄居。
寛延元年(一七四八) 四月朝元、五箇山配流。六・七月 八代藩主重熙毒殺
           未遂事件。
           吉徳の側室真如院、重熙の毒殺を図ったとして幽閉。
           真如院に朝元との不義密通の嫌疑がかけられる。
           十月 朝元自害。九月 浅尾殺害。翌年末、真如院変
           死。

 
 加賀騒動は、大藩のスキャンダルとして世間の注目を集め、小説や演劇でとりあげられた。演劇になる前に実録小説がでた。これは事実に空想をまじえて潤色し、読者の興味をひくように書かれた読物や脚本で、「加賀騒動」、「伊達騒動」や、仇討をあつかった「赤穂義士」などである。

 加賀騒動にからむ実録小説は以下である。

①「野狐物語」宝暦四年(一七五四)頃
②「越路加賀見」宝暦六年(一七五六)頃
③「見語大鵬撰」宝暦九から八年頃(一七五九~七一)
    歌舞伎では「加賀見山廓写本」が、安永七年(一七八〇)京都南座で
    芝居の初演。これ以後の演劇の典拠は、先行した実録小説によるもの
    であった。

 ちなみに麦水が生きた時代(一七一八~一七八三)は、実録小説が書かれた時代である。城下の人々が、これらの実録を目にする機会はあったはずで、世間の興味を集めた加賀騒動の風説は巷を飛び交っていただろう。

 このうち「野狐物語」は、日置謙によると「この名は不思議に普く知られている」とした上で、成立を「誰でも知っている名前を隠そうと努めている点 からみて延亨二年(一七四五)の騒動直後ではないか」とみている。


つづく



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