ブログ版 『三州奇談』を読む    その1「中代の若狐」               


     ブログ版 『三州奇談』を読む   

       その1「中代の若狐」     
            

加賀・能登・越中の奇談集『三州奇談』は、正編99話、続編50話からなっており、一話読み切りとなっている。加賀の人、堀麦水の編著である。
この奇談には各話に年代と地名が記してあり、しかも史実に従った背景や展開がある。
だだの奇談集とは趣を異にしているのである。

『三州奇談』、ここで読んだ興味ある話からいくつかを選んで、そのあらすじと考察を掲載して行きたい。


まず巻の一「中代の若狐」からはじめることとする。

.「中代の若狐」とは

 はじめに話のあらすじである。
 
 狐は野生の動物だが、人里近くに棲む身近な存在であった。人とのかかわりが深く、霊性と不気味さをもっており人々はその行動に注目していた。不思議な出来事は狐の仕業ではないかと考え、多くの昔話となり語り継がれた。
 しかし『三州奇談』 巻之一「中代の若狐」は、それらと違い、狐らしくない狐の話である。そのあらすじである。


 宝暦十年(一七六〇)大聖寺大火のあと、藩主から拝領した木を伐りに、吉兵衛ら三人の愚直な家僕が夜中に出かけた。山中の奥・桂谷に向け夜通し道に迷いながら歩いた。火縄の火が消え火打石を打っても火が出ず、不気味な雰囲気だった。

 そんな時、飛脚提灯をもった飛脚とおぼしき二人が追い越して行った。それに追いついてたばこを吸おうと、思わず知らず追いかけた。
 吉兵衛は落ち着いた男で、飛脚が夜中に山奥を通るわけはなく、狐の仕業ではないかと考えた。主人の狐はうまく化けており人間のようだったが、下男は時々大きな尻尾を出していた。

 三人の家僕は思わず吹き出して笑うと、主人の狐は驚いて下男を叱ったようにみえたが、低く屈んで中代縄手を逃げていった。

 三人は、あれがかねて聞いていた中代狐か、噂ほどではない、打ち殺してしまえと追いかけたが、みえなくなったしまった。捨てられた提灯は、もって帰れば面白い見世物になるぞといいあった。

 このあと、中代縄手の狐が人をだますことは、やめてしまった。
このように狐でさえ化けそこなえば恥ずかしく思うものである。人間は計略や嘘が発覚しても、なお厚かましく世を渡る。せめてこの野狐ほどには恥を知れと思う。



 あらすじは以上で、人里離れた縄手、夜中の丑の刻、相手は愚実な家僕と、狐にとって人間を化かす条件はそろっていたが、人を騙せなかったばかりか、下僕に嘲笑されて、狐はみずから消え去ったという話である。この中代狐はただの野狐ではなく、名うての狐一族「中代狐」なのである 。
 それが未熟な若狐とはいえ、お誂え向きの舞台で失敗したのである。
 

 付近の昔話に「わりゃ中代狐に騙される騙されるって。わしなら騙されたりせんわいや」という若い衆がでてくるが、それをあざやかに騙すのが「中代狐」である(『南加賀の昔話』三弥井書店)。
 ところがこの中代狐は下僕をだますことができなかったのである。

                                                                        つづく





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