人間と動物―下 約束を守る蜈蚣(ムカデ)

人間と動物―下 約束を守る蜈蚣(ムカデ)

 『三州奇談』の「異類守信」より


俵藤太のムカデ退治

 物語の中の蜈蚣はどう描かれているのだろう。

 蜈蚣は中世以降、俵藤太の話で人々に親しまれた。後世、俵藤太とよばれたのは藤原秀郷であり、下野国を本拠とした十世紀の地方武士である。罪により配流されたが、許されて下野押領使となり、天慶三年(九四〇)平貞盛と協力して平将門を討ち、下野守に任じられた。

『太平記』の竜宮城鐘の事に、蜈蚣退治がある。

 承平年間(九三一~九三八)、俵藤太が瀬田の橋を渡ろうとすると、長さ二十丈ばかりの大蛇が横たわっていた。藤太は背中を踏み越えて行くと、小男が藤太の前にきて、「私はこの橋の下に住んで二千年になる大蛇だが、長い間領地争いをする敵に悩まされている、討取って欲しい」という。

 二人は湖水の波をかき分け水中に潜ると、やがて竜宮があらわれ酒宴を催したが、敵が寄せてくる時間となり、藤太は矢を準備した。
 

 夜半過ぎ、雨風が吹きすさび間断なく雷が鳴った。ややあって比良の高嶺の方より、竜宮城に向かって手に二列に松明を点した蜈蚣の化けたものがやってきた。
 藤太がとどめをさすと、松明がたちまち消え、蜈蚣が正体を現した。
 
『御伽草子』の「俵藤太物語」では、大蛇が変じたのは小男ではなく、美しい女房であり、領地を争う敵は、具体的に三上山の百足だとしている。

 三上山は琵琶湖東岸にあり、近江富士と呼ばれている山だが、俗に俵藤太の伝承により蜈蚣山と呼ぶ(滋賀県野洲市)。



 この俵藤太の話は、元禄三年(一六九〇)、オランダ商館に着任したドイツ人医師ケンペルの『江戸参府旅行日記』(東洋文庫)にも、記されている。

 グロテスクな蜈蚣であるが、近世の人々にとっては結構身近な存在であり、神の使者から敵役まで幅広く登場している。調べてみるまで、このように多くの話があるとは思わなかった。

 人間と動物の約束、ここではコウモリとムカデをみてきた。今回はこれまでー





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