人間と動物―上 .約束を守る蝙蝠(コウモリ)

 人間と動物―上 約束を守る蝙蝠(コウモリ)

『三州奇談』には人間との約束をして、しかも約束を守る生き物の話がでてくる。
キツネとイヌという人間にちかいに動物についてはすでにふれた。

この「異類守信」は、人間の言葉や心情を理解できるかのような、こうもりなどの動物と人間との交流を語る寓話である。



 今回はコウモリと人間の交流の形をみてゆきたい。

「異類守信」の蝙蝠(こうもり)の話の舞台は、金沢城下香林坊の医師矢田養安宅である。近くに惣構の藪があり蝙蝠が多かった。養安は藩主から難しい接ぎ木を依頼されていたが、蝙蝠が飛び交うことによって接ぎ木を破損される恐れがあった。
そこで養安は蝙蝠と約束をした。

 
 蝙蝠は、極地や高山を除き世界中に分布している。夜行性で、日没ごろから活動を開始し、ほとんど終夜採食する。昼は洞窟の壁や天井、岩の割れ目、人家の天井裏、屋根瓦の下、木の枝、竹の割れ目などで休息する。
 蝙蝠の天敵は梟や鷹などである(『日本大百科全書』)。蝙蝠は中国や日本で、老いた鼠の化身、獣の化けものとされる(『世界大博物図鑑』)。

 
 蝙蝠のいい伝えでは、不吉な前兆だとするものが大半を占めているが、神の使いだとするところもある。鹿児島県肝属郡錦江町の鵜戸権現を祀る洞窟にすむ蝙蝠は、神のお使いであるとされる(『異本大百科全書』)。

 またカリブ人は、蝙蝠を天子の化身とみなし、夜間住居を悪霊から守ってくれる存在としている(『世界大博物図鑑』)。
 

 ところで寄せ接ぎとは、どのような方法なのか。養安はその道の名人で、春になると藩主から接ぎ木を依頼された。持ちこまれた鉢植えを樹上に結わえて接ぎ木をする、これを寄せ接ぎだとしている。
 

 接ぎ木のうち、切り接ぎ・合わせ接ぎ・割り接ぎなどは目にする機会があるが、寄せ接ぎは呼び接ぎとも呼ばれ、目にする機会はまずはない。台木と母樹についたままの接ぎ穂との、それぞれの接ぐ部分を削って寄せ合わせ、活着したあとに接ぎ穂を切り離すもので、楓や椿でおこなう(デジタル大辞林』)。いかにも難しそうである。
 

 この接ぎ木はかなりデリケートな作業である。その上、付近の惣構(そうがまえ)の藪は蝙蝠のねぐらがあり、蝙蝠の大群が飛び交う場所であり、複雑な飛行をするので、接ぎ木に衝突しないか気になったのである。
 

 養安は、蝙蝠から接ぎ木を守ろうとあれこれ思案していたとき、ふと蝙蝠の世界に入りこんだ心地なった。蝙蝠に思わず約束しろよと独り言のようにいって、われながら一笑したという図であり、至福の時でもあったろう。

 蝙蝠は不吉だとされることが多いが、ここはそうではなく医師は束の間、異界で蝙蝠との時間を愉しんだようだ。


 ここはホッとする場面で、悠々自適の生活を送る養安の姿が描かれている。
 養安は外科医であったが、のち突然乱心し藩に捕えられる事となる。これは『加賀藩史料』に記されているが、ここでは省略する。



「異類守信」では、奇談の主役の一角・キツネをはじめ、ひと癖ありそうなムカデ、そしてコウモリとの異界との交流を語っていた。
「異類守信」では、奇談を通して近世人の豊かな感性と想像力をみることができるようである。

 つぎはムカデでについてである。




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