そもそも『三州奇談』とは何か ③


そもそも『三州奇談』とは何か ③


『三州奇談』とはなにか、概略についての最終回です。



3.『三州奇談』と文学

文学面からの研究
 
 文学からの研究は、主として泉鏡花研究者によってなされており、鏡花研究には欠かせない書のひとつとなっている。この分野では、小林輝冶の「鏡花と三州奇談」(「金沢大学語学文学研究」、「北陸大学紀要」)がある。
 また秋山稔の『転成する物語』(梧桐書院二〇一四)があり、「素材を換骨奪胎して多くの固有の物語を創り上げた泉鏡花の作品の成立背景を検証」している。
 
 このように文学分野での研究はなされているが、そのほかの面からはあまり手がつけられていない。奇談にでてくる怪異や伝承から歴史を探りだして読む方法は、まだ一度も目にしていない。

『三州奇談』を読む醍醐味は、怪異の面白さにふれることは勿論だが、奇談を読み込むことによって、加賀藩の史実との関連を探りあてることにある。つまり怪異譚から出発して、そこに隠された史実を発見することである。
 
 麦水が仕込んだ虚実をどうとらえるか。これは近世史の世界へいざなう隠れた入口のひとつといえる。一話読み切りであり、どの話からでも入りこめる。原文と合わせ読めばさらに理解が深まるのである。
 
 

風土に刷りこまれた奇談
 
 これは加賀藩の各地域で見聞した奇談集である。石川・富山の年配の人々にとっては、子供のころ遠足や鮒釣りを楽しんだ場所が、ここにはある。昭和三十年代を中心に、その風景は大きく変わったため、それ以前の姿を知らない人には、理解しづらいところがあるかと思う。
 その意味で、あとに続く人々のために、『三州奇談』の研究の一助になるもの書いて行きたい。

『三州奇談』の149話は、私にとって奇談と郷土史の「無尽蔵の宝庫」に思え、これからも読み解く作業を続けてゆきたい。ただ個人の力には限界がある。

 郷土の歴史伝承文化を研究する際の、あらたな視点を求めるテキストとして、歴史学・文学・民俗学などのジャンルを問わず、『三州奇談』がさらに広く深く読まれてゆくことを期待している。



『三州奇談』とは何かついては、ここまでの3回で終わりとします。
アウトラインをつかんでいただければ幸甚である。

このあとは、ブログ版『三州奇談』を読む、また現代語訳『三州奇談』を随時掲載する。




  

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