短編小説 「片袖の女」 


                片袖の女  

                            小石川聡介       


 加賀藩の侍に生駒半兵衛という者があった。半兵衛は冗談も通じないほどの実直者であった。若いころからのたった一つの楽しみは謡を謡うことで、稽古を忘れた日はなかった。そのころ金沢では藩主をはじめ藩をあげて狂ったように能楽に熱をあげていた。

 同じころ金沢では怪談を語り合う百物語も藩主を筆頭に大流行しており、怪談会は毎晩のように開かれていた。だが半兵衛は違っていた。曲がったことが大嫌いで生真面目な現実主義者で、この世に化物や幽霊の類などいるわけがないと信じており、怪談を語るものがいると、青筋を立てて打ち負かそうとした。半兵衛は謡曲好きの幽霊嫌いであったのだが、仲間から謡曲の鬼とささやかれていたのは皮肉なことであった。このような半兵衛だったが、あるできごとをきっかけに一転して妖怪に親しむようになったのである。

 半兵衛は謡曲の稽古場で酒を飲んでの帰り道、ひとり中空の十五夜の月を背にし、用水沿いに武家屋敷が建ち並ぶ小路を家に向かっていた。やがてほろ酔い機嫌も手伝ってひとりでに謡が口をついてでた。
 まずご祝儀ものの「鶴亀」を気持ちよく謡ったが、誰かが背中のあたりで自分の謡にあわせて一緒に謡っているような気がした。おやっと思って曲目を変えて「小鍛冶」、「松風」、さらに「竹生島」と次々に謡ったが、これもみなしっかりと半兵衛に教えるかのように背後から謡を返してくる。謡は彼より上手く、謡の師匠が後見をして手本を示しているようでもあった。

 半兵衛は不思議に思って付近を見たが人の気配はまったくなかった。あたりには屋敷と土塀、見越しの松、用水とそこに架けられた小さな橋が、隠れなく満月に照らされているばかりで、謎の声の主の姿はどこにもなかった。ついてくるのは満月ばかりであったが、まさか満月が謡うことはあるまい。

 しかしどう考えても背後の謡の声は気のせいばかりではなかった。あたりに人間がいないとなると、人間ではない何者かが半兵衛の謡を真似ていることになる。あたりにはいつもと違って不気味で怪しい空気が漂ってきた。

 やがて家に着いた半兵衛が謡うのをやめると、うしろの唄声はぴたりとやんだ。半兵衛が謡うのをやめたので、くだんの謎の声も一緒にやめたのだ。まるで友として共に謡いながら歩いてきたかのようだった。半兵衛はそう思うと怖いというより、おかしくなり親近感さえ覚えて、ひとり微笑んだ。そしてこれは人知では計り知ることができないものの仕業であり、このようないたずらをするのはあの妖怪とやらかも知れない、おおかた木霊か山彦の仲間だろうと思いめぐらせた。

 一夜明けて半兵衛は自分の謡につられて妖怪が道中ついて来たのではなく、酔った自分が謡いながら妖怪の世界に迷い込んでしまい、そこで妖怪と一緒に謡っていたのかもしれないとも思った。謎の謡の主は妖怪の類だろうが、それにしてもよくもまあいろいろの謡曲を何曲も覚えることができたものだと、半兵衛はあらためて感服した。これを機に彼は謡を同じ趣味とする妖怪との交流はわるくないと考え、一転して化け物好きとなり、もう一度一緒に謡ってみたいと願うようになった。

 金沢は空から謡が降ってくるまちといわれるが、なぜ謡が空から降ってきたのか。それは植木職人が仕事をしながら木の上で謡っているからだと真っ正直に答えてしまうと、金沢の謎がひとつ失われてしまうことになろう。

 半兵衛はその日を境にして百物語の仲間となって怪異を語る者となった。彼は以前とは逆に、妖怪を否定するような者があると「洒落っ気のない野暮なやつ」と軽蔑し、昔の自分を忘れたかのように、否定する者を面白味のない人間だときってすてた。それだけでなく友人から幽霊に出会った体験談を聞くにつけても、自分も何とかして本物の幽霊とやらに出逢ってみたいという気持ちがつのるのだった。

 それ以来、「金沢は謡が空から降ってくるまち」というより、正しくは「金沢は妖怪までもがしっかり謡を覚えて謡っているまち」なのだと半兵衛は主張した。この謡う妖怪譚は晩年にいたるまで半兵衛のひとつ話となった。


 幽霊に出逢いたいという半兵衛の夢は、ひょんなことから現実のものになった。その日のことを半兵衛は忘れられない。それは半兵衛が富山藩への使者を勤めた帰り道の倶利伽羅峠でのことであった。

 倶利伽羅山というのは土地の人や旅人にとってはいわくつきのところで、いわゆる魔所であった。ここで妖怪や化け物に出逢い散々な目にあった話は、倶利伽羅山のてっぺんから麓の谷川にいたるまで、いたるところに刻みこまれている。その上倶利伽羅峠には「死んだ者はすべて必ずこの坂を越えて、あの世に行く」という言い伝えがあり、成仏できない霊の通り道であった。あたりは昼でも薄気味が悪く、人々はできればひとりではこの山を越えたくなかった。

 そもそもこの倶利伽羅の聖地を開いたのは、泰澄とも空海とも伝えられ、山岳宗教の拠点として聖なる場所であった。ただし倶梨伽羅に限らず、聖なる場所には魔所も同居している。たとえば身近にある寺は清らかな場所であるが、寺の墓所には幽霊や人魂がでることがあり畏怖の対象ともなっている。くわえてここでは寿永期に源平の争乱があり、合戦では数万の戦死者が谷を埋めつくしたといわれ、恨みをもつ霊魂がいまも充満するところであり、それが不気味な感じを増幅させていた。一木一草のどこから怪異が顔をのぞかせてもなんら不思議はなかった。

 半兵衛は倶利伽羅山の越中側から一人で山に向かっていった。秋の陽が雲の間から地上に放射状に差しこみ、山越えにはこの上ない日和であった。山を登りはじめた半兵衛の口からは、ひとりでに「時雨を急ぐ紅葉狩り 深き山路を尋ねん」と「紅葉狩」の一節がもれはじめた。

 ところが秋の空はめまぐるしく変化する。日差しが急に雲にさえぎられたかと思う間もなく、すぐに雨粒が落ち始めた。鳥たちは急いで雨を避けるために林の中を目指した。雨脚は強くなり、全山がざわざわと騒がしくなった。生暖かく妖気が漂う雨であった。九十九折の胸突き八丁の道は、たちまち小川のようになり、半兵衛は泥道に足をとられ難渋しながら峠をめざした。

 峠とおぼしき一帯は霧が乳色に充満しており、半兵衛はしばらくそこに閉じ込められていた。すると突然、霧を引き裂くように巨大な男の影がふたつ、のっと登場してきた。半兵衛はとっさに刀の柄に手をかけ身構えて、男たちが何者で何をしようとしているのか見極めようとした。男は二人とも巨大な体躯で、背は七尺もあろうか、体重は草相撲の横綱がつとまるほどもありそうだった。おまけに棍棒のような手に太い生木の杖をついていた。男らの風体は異様で魔性そのものであった。

 二人の大男のひとりが半兵衛の目と鼻のさきまで迫った。そして地獄の底まで届くような野太い声が、あたり一面に響きわたった。
「おいそこの侍、よく聞くがよい。もうすぐ加賀の方から二十歳位のうら若い女が登って来るが、俺たちの仲間だ。ぐずぐずしないで早く追いつけと、女に伝えろ」

 大男は有無をいわさぬ命令口調で半兵衛にそう告げた。まるで女が遅れたのはお前のせいだといわんばかりだった。半兵衛は不意の出来事でもあり、魔のような雰囲気に度肝を抜かれ、返事をしようにも声が出なかった。わかったというしるしに、ちょっと頭を下げ生つばを飲みこんだ。
 大男はそれだけを伝えると、くるりと半兵衛に背を向けて、地響きをたてるように越中側に下りて行った。半兵衛のかたわらにいた時にはまだ人間の大男に見えたが、生木の金棒のようなものを手にしたいかつい後ろ姿は、鬼そのものであった。大男の後ろ姿はすぐに霧のなかにとけこんでしまった。

 大男が消え去ったあと、あの男はどこかで見たことがあると半兵衛は思った。そういえば子供のときに草双紙でみた鬼が島の鬼にそっくりだった。そのため魔性のものには違いないが、恐怖感はそれほどなかった。今思うとひょっとして二人の男たちは本物の鬼かも知れないと思った。生木の杖は鬼がもつ金棒であり、色の白い方は青鬼、黒い方は赤鬼のようだ。そういえば昔、この倶利伽羅峠で何某の玄蕃というものが鬼退治をしたと、城下には伝わっていた。
 鬼だったのかも知れない。ここでは日中でも怪異は現われるのだ。その時の半兵衛は頭が少しぼうっとなっていて、自分が昔ここで鬼退治をしたという何某の玄蕃になったような気分になった。半兵衛は鬼のような男たちに出あったことにより、これから何か人知を超えるような不思議な幕が開くような感じがした。
 

 半兵衛は峠の古びた社で一息つこうとした。正気にかえろうと煙草に手を伸ばした。煙草は湿っていたが苦労してどうにか火をつけ思い切り吸い込んだ。妖怪を追い払うには煙草の煙がなにより効くのだということを思いだし、二服目を吸うとすこし落ち着いた。
 すると女のことが思い浮かんできた。山を登ってくる二十歳位の女はどんな女だろうか、男たちとはどういう関係なのかを、煙草の煙のなかで思いめぐらせた。

 相変わらず気味の悪い、なま暖かい雨が降り続いていた。ひと休みした半兵衛は女が登ってくるであろう道を下りはじめた。やがて霧を押し払うようにして、くっきりと派手な赤い着物が木の間隠れに目に入ってきた。女が目の下の森の闇から抜け出るようにして近づいてきた。女は細い杖を支えにして、よろけるように登ってくる。赤い小袖の着物は雨をふくんで見るからに重たそうである。

 女は半兵衛のすぐそばまで来て足を止めた。女はなにか考えにふけっていたようで、半兵衛を認めてちょっと驚いたようすだった。この女が鬼のいっていた女に違いない。女は面長で、びしょ濡れになっていて山中には不似合いな真っ白な厚化粧をしており、それが雨でまだらになっていて、化粧の下の顔色は青く、口紅の朱はきりりとしていた。髷は結っておらず肩の下まである髪を額の真ん中で二つに分けて、それを頭のうしろで結んでいた。

 女は大きな悩みを抱えているような苦渋の表情をしており、眉間にはしわを寄せていた。足元はおぼつかなく今にも倒れてしまいそうで、細い杖を頼ってやっとの思いで立っていた。平家の亡霊たちはこのような旅人をよく倶利伽羅谷の谷底に引きずりこんでしまうと聞くが、よく無事にここまでやって来たものだ。
 半兵衛と伏し目がちの女は無言のまま向かいあって立っていた。半兵衛は間近に女の青い顔の白い化粧を眺めているうち、まるで死化粧のように思えてきた。もしそうなら息も絶え絶えのようすで山中にやってきた女は幽霊だということになる。地元の人の話では、死人は必ずこの倶利伽羅峠を通らなければならないというではないか。

 とすれば、先へいった男たちは幽霊の女を地獄へ引導する鬼である。その地獄とは無論女人だけが行く立山地獄である。鬼は閻魔大王のもとで獄卒として地獄に堕ちた人間を苛む。一方この世に出没する鬼は、成仏できない人間を地獄に引きずり込む。先ほどの鬼はこの類であろう。

 小袖を着て半兵衛の眼前に立つ女の幽霊は、この頃江戸や大坂など各地でよく出没しているという片袖幽霊に相違ない。立山に向かう女の幽霊は片袖幽霊であり、待つのは越中の立山地獄である。
 半兵衛は子供のころを思い出した。彼が五歳のころ、家に立山曼荼羅の掛図をもった修行僧がやってきて絵解きをしたのを覚えている。全体に赤っぽい絵図には極楽も描かれているが、大半は地獄の世界である。なんといっても恐ろしかったのは、血の池や針地獄で血まみれになった亡者が鬼によってさんざんに責められるところや、地獄の業火に焼かれる罪人の姿が強烈な印象として残っている。しかもこの立山は女人だけが堕ちる地獄である。半兵衛は子供心に母親は大丈夫だろうかと心細くなり泣いたことがある。

 半兵衛は思った。この女の幽霊は、金銭をむさぼるか殺生をするかして、この世に未練を残したため往生できないのだろう。そうした亡者は自分の片袖を旅人や修行僧に託して、それを本人の証拠として遺族に届けてもらう。そして遺族が追善の供養をすることによって、幽霊は往生の本懐をとげることができるのである。そのためにも幽霊はまず自分の片袖を誰かに託さなければならないのだ。

 半兵衛の眼前にその片袖幽霊が杖にすがっている。この女を地獄にやってはならない。倶利伽羅山の雨は小降りになって上がりそうな気配だったが、生暖かい霧は麓から吹き上げられてきて一層濃くなった。

 山中の霧のなかに半兵衛と女の二人だけが黙って立っていた。半兵衛はすぐにでも男の言葉を伝えるために声をかけるべきだったが、女がやがて片袖を手渡すだろうと思いそれを待った。いつまでたっても女が黙っているので、とうとう半兵衛は口を開いた。
「さっき、あなたの連れの男と会ったのだが、早く追いついて来いといっていましたよ」
 それに対し女は「ありがとう」とぽつりといっただけでそのまま背を向けて歩き始めた。
 女が片袖を手渡すものだとばかり考えていた半兵衛にとっては思ってもみない展開であった。このまま女と別れてしまってはせっかくの機会をみすみす逃がしてしまうことになる。幽霊と会う機会は二度とない。これを逃す手はない。半兵衛は思いきって女の背に向けて声をかけた。
「ちょっと待って下さい。もしかして袖のことをお忘れではありませんか」
 半兵衛は憔悴し疲れきっている女に対する親切心と好奇心から、片袖を届ける使者になろうと申し出たのである。半兵衛は女の返事を待った。
 
 そのあと、半兵衛の頭にはこんな光景が映った。
 女はなんとしても成仏したいので、雨でぐしょぐしょに濡れた片袖を、やおら自らの片手で引き裂く。それを絞って四つにたたみ、ちょっと腰をかがめて頭を下げて半兵衛に手渡す。半兵衛はこの証拠の片袖をもって遺族のもとに手渡し、遺族は供養してやがて女は成仏する。
 女は片袖となると、その姿はまぎれもない幽霊となった。
 半兵衛はうかうかとした心地で片袖を受けとってひと言女に声をかけようとしたが、いつの間にか音もなくすうっと霧のなかにとけこんでいった。
 
 半兵衛は女に「片袖を届けてあげましょう」と言葉をかけ片袖を受けとった感触は薄々覚えていた。が、その前後のことは夢のなかにあった。
 じつは半兵衛が「袖」と問いかけをしたのに対し、ややあって女はこんな答えを返していたのである。
「いいえ、袖とおっしゃいますが、それどころか袖にさえ二番も外れてしまいました」

 女がここでいった「袖」とは富くじの用語で、現在の宝くじの前後賞のことであった。袖と聞いたので富くじで頭が一杯の女は、疑いもなくとっさに富くじの「袖」を思い浮かべ、それにさえも当たらなかったと答えたのである。袖を半兵衛は「片袖幽霊の袖」だと思いこんでいたが、女にとっての袖は富くじのそれで、二人がいう袖の意味がすれ違っていたのである。


 当時加賀藩内では富くじが大流行していた。女は富くじにのめりこんで、一攫千金を夢みてこの賭博にはまりこんでいた。山中の女はおそらく懐中がすっからかんで、それどころか膨大な借金を抱え込んで、仲間の男たちとともに藩外に夜逃げをする途中であったのだ。遊びの果ては、たいがいこんなものである。 

 半兵衛の倶利伽羅山中の不思議なできごとは途中から夢うつつのなかで進行した。これは彼の片袖幽霊にたいする激しい思いこみがもたらした白昼夢だったのかも知れない。考えてみれば山中のできごとは、彼にとって少しうますぎる話であった。鬼と見立てた大男は、金棒のような生木の杖をもってはいたが、頭の角や口の牙はなく虎の皮の褌もしていなかったではないか。
 
 年を重ねた半兵衛は、謡曲にますますのめりこんでいった。そして倶利伽羅山中のことを思い出すたびに、あの時の大男は鬼に違いなく、自分は平惟茂のように山中で鬼退治をやってのけたと、武勇談を語るようになったと聞く。

  惟茂少しも騒がずして、剣を抜いて待ちかけー
  鬼神の真中を刺し通す      (謡曲「紅葉狩」)
 

 倶利伽羅山には謡曲がよく似あう。





この小説は『三州奇談』の「倶利伽羅」と「空声送人」をもとにしたものである。

ブログを読みやすくするため、改行ごとに1行あけた。


平成28年度『金沢創作工房』に、大石十郎のペンネームで発表したものである。




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