イノシシと人間の今昔 その4 後世に名を残すため

イノシシと人間の今昔 その4 後世に名を残すため




江戸時代、イノシシを退治するのは大変なことであったが、現在も依然として解決していない問題である。

なぜ撲滅できないか、そこにはアニミズムの考え方があることにふれたが、猪塚をとりあげてそれをもう一度考えてみたい。

古来イノシシを徹底的に撲滅することができないのはなぜだろう。それは日本人にあるアミニズムの心があるからであり、悪さをしてもイノシシ退治はある程度にしておいたことは先に書いた。

仏教的な生類を憐れむ気持ちと相まって、悪さをするので退治したイノシシの塚を築いて供養までしたのである。

これはこれで一面からみてその通りだが、猪塚を調べてみると塚を築いたのには別の理由があったようだ。

加賀にあるこの塚は、寛保から安永期(18世紀半ばから後半)に実在した、斉藤金兵衛という侍がつくったとされるが、塚のある地域の奉行をつとめていた人物である。

この金兵衛は自分の名前を後世に残そうとして、塚をつくったのだという伝承がある。
金兵衛は「俵藤太秀郷が、竜宮からの土産に無用の釣鐘をもち帰り、三井寺に寄進した。結果俵藤太の名は、永遠に伝えられているのだ」と考えた。そして秀郷のように仏縁に結びつければ、自分の名前が永く伝わると思ったのだ。

それで捕獲したイノシシの霊を慰めるための慰霊碑をつくれば、そこに自分の名が刻まれて、名を残すことができると考えたのだとしている。
 
猪塚にはこのような世俗的な願望がこめられているのだと、『三州奇談』は皮肉を込めて語りかけるのである。

こうみると、猪塚についてアニミズム的感覚からのアプローチには共鳴できるところがあるが、単純ではないようだ。どっこい、そこには人間臭い欲望が込められている可能性があるのだ。

金兵衛の願望はある意味達せられた。平成末のこのブログになぜか金兵衛の名が記されることになったのだから。
つぎがイノシシについての最終、猪肉を食べたかについてである。



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